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カラヴァッジョの眠る街 ポルト・エルコレ

なんだか時間がポーンと飛んじゃいましたけど、まだマレンマ旅行の続きです。

本名 ミケランジェロ メリージ ダ カラヴァッジョ。私も好きなあまりにも有名なイタリアの画家の1人です。既にミケランジェロが名声を得ていたあの時代、同じ名前を名乗るのを嫌い、ファミリーネームのカラヴァッジョを常用してました。彼が激動の人生の幕を閉じた街が、このアルジェンタリオのもう一つの港町、ポルト エルコレ だったんです。

前回書いたレストランがあるのが、ポルトサンステファノでポルトエルコレは半島の反対側。

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もともとはエトルにア文明で開かれた港街。要塞もあり軍事としても重要なポイントだったようです。

リゾートのPorto San Stefano とは違って、落ち着いていて生活感のある港町で個人的にはこっちの方が好きかも。
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当時の面影を偲ばせる古い写真も。
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カラヴァッジョはナポリからローマに船で向かう途中、船上でマラリアに罹りこの港にたどり着き息を引き取ったそうです。その後その亡骸が不明になったのだけど、1956年に街中の道路拡張工事中、偶然にも遺骨が発見され、近年の分析の結果、本人のものと一致。2010年に没後400年を記念し、市長とカラヴァッジョ支援協会がが、お墓を作り遺骨を埋葬したというもの。

当時の遺骨研究リポートは興味深く、イタリア一般誌Corriere紙によると、

1.男性で40歳以上
2.1m70cm前後の身長
3.画家としての職業病、鉛と水銀の濃度(当時の絵の具色素には多く含まれていたといいます)カラヴァッジョは鉛中毒病であったとも言われてます。
4.出身地でのメリージオ家DNA鑑定

と、絞り込んでいったようです。

↓当時の死亡届『1609年7月18日S.Maria Ausiliatrice 病院にて画家、Michel Angelo Merisi da Caravaggioが病死』とあります。
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鑑定された、遺骨はケースに入れられて。
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石棺に葬られたのでした。石棺の上には彼の代表作である『静物画』をモチーフにしたオブジェが添えられました。
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カラヴァッジョのことは後でこの街を調べてたら、知ったもんで、次回はきちんとお墓まいりしたいですね。(写真は各サイトから拝借しました)

生まれ故郷だったり、住んだ街なんかは多く語られるけど、亡くなった場所って意外と知られてないもんです。彼の場合は偶然たどり着いた土地だったのでなおさら。

日本だったらもっと看板とか沢山あるんだろうなぁ。カラヴァッジョビーチとか。。

でも彼の名前のレストランがありました。そう言えば。


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by Jonetsu-Italia | 2015-06-22 05:00 | イタリアの小さな街 | Comments(0)
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