カテゴリ:まさに歴史( 16 )

カラヴァッジョの墓参り

マレンマ地方はMonte Argentarioに寄らないと。って事で、前回同様魚を食べに。

でもまず、ポルト エルコレでしたいことがあったんですよ。

前回知らずに帰っちゃって、今回はぜひカラヴァッジョのお墓へ行きたくて。詳細は過去記事を。

イタリア画家巨匠のひとりカラヴァッジョが波乱に満ちた生涯を閉じた土地。ナポリからロ-マに船で向かう途中、Palo Lazialeに漂着。なんとそこからPorto Ercoleまで約115km、海岸線を歩いたそうです。そして、熱病に侵されこの小さな街で亡くなったのかと思うと感慨深いものがあります。

↓この地図は彼の人生の足跡をたどったもの(wkipediaから拝借)。こう見ると、いかに波乱万丈だったのかがうかがい知れます。
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亡くなった後は、 海岸沿いで波風の強いSan Sebastiano共同墓地に埋葬されていたようです。
お墓があるのは、そのSan Sebastiano墓地が昔あった場所。いまはひっそりとした住宅街になっています。

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祭壇はローズマリーに囲まれて。
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その上には彼の代表作『静物画』をモチーフにしたオブジェ。
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こちら本人の作品『静物画』。オリジナルはミラノのPinacoteca Ambrosiana美術館にあります。
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Porto Ercole のたたずまい。風光明媚なヨットハーバーがある漁街です。
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彼が船に一緒に載せていた3つの遺作は、ローマのシピオーネボルゲーゼ枢機卿に恩赦を請うために届ける為だったとか。そのうちの1点は現在ボルゲーゼ美術館所蔵の
San Giovanni Battista Borghese』。↓
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もう1点は『San Giovanni Battista disteso』現在ドイツ、ミュンヘンの個人コレクター所蔵。↓

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そして最後の1点が長い間所在不明になってたのですが、近年イタリアのカラヴァッジョ研究第一人者、Mina Gorgorio 氏によって、個人のコレクター所蔵のものをオリジナルだと断定された『法悦のマグダラのマリア』『maddalena in estasi』 ↓。
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なんと全く知らなかったんですが、この『maddalena in estasi』今日本の国立西洋美術館で世界に先駆けて公開中なんですね〜。ビックリしました。

苦悩を抱えながら、ひとつひとつ作品に着手し、どんな思いを込めて描いたのか。
異端な生き方、光と影、まさにそのものが絵にも表現されてると思います。後に多くの、レンブラント、フェルメール、ルーベンス、ゴヤ、ベラスケスといった多くの有名画家を魅了し、影響を与えたキアロ スクーロ技法。大胆な構図とまるで浮き上がってくるような立体感。

はじめは彼が時に見せるグロテスクな描写が好きじゃなかったけど、その生き方をオーバーラップさせた上で、それが彼の気持ちの表現なんだと納得。観る視点がガラッと変わって、彼の絵を好きになりました。

追われ続けてクタクタだったカラヴァッジョ、この小さな街ポルト エルコレで安らかにお眠り下さい。


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by Jonetsu-Italia | 2016-02-25 01:50 | まさに歴史 | Comments(0)

イタリアのりもの全員集合

国立レオナルドダヴィンチ科学博物館の敷地はわりと広く、屋外にも歴史的な潜水艦が置いてあったり、飛行機や船の館があって、実物大で体験できる仕組みになってます。
いきなりドーンと置いてあるのは、1921年に造船されて実際地中海を運航していたS.Giorgo号。
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その向こう側に、PRADAの文字。現代のルイヴィトンカップで使われてた、Luna rossa のカタマラン。こんなに巨大だったとは驚き。
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下の人と比べてみて下さい。
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ヘリコプターの展示のところで目にとまったのがこのパネル。そもそもメープルの種がモデルだったんですね〜。
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これがヘリコプターの原型ですから。
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1800年後半から1900年前半にかけて活躍した蒸気機関車が幾つも保存してある館も覗いてみました。鉄道ファンにはたまらないでしょうねぇ。
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ミラノのトラムの移り変わりも垣間見れます。一番初めは馬車か。。そりゃ、そうだ。
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天井のランプが素敵。
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お鮨を食べた後、特有の咽喉渇き地獄に襲われて、自動販売機を捜し歩いて、行ったりきたり。3回もドリンクを買いましたよ。キツイ炭酸飲料をがぶ飲みしたら、結構気持ちも落ち着いて、余裕を持って見学できました。

この博物館、全体を通じてなんとなくデジャビュ感覚。子供のころ読んでた『学研のひみつシリーズ』ですよ❗️❗️『発見のひみつ』とか、ほとんど全巻読んでました。外人が登場してもマンガで説明されてて子供でもすんなり入り込めて記憶に残りやすい。
また読みたくなりました。


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by Jonetsu-Italia | 2015-12-15 21:54 | まさに歴史 | Comments(0)

食後に天才ダヴィンチ三昧。

今回はゴンタを連れてなかったので、普段犬と一緒に入れないところを廻ることに。

日本食ランチした後、満腹状態で脳を刺激する為に教養を高めようと行ったのは、国立レオナルドダヴィンチ科学博物館。彼の生誕500年を記念して設立されたイタリア科学の歴史に触れるための博物館。それでもやっぱりメインはダヴィンチということで、彼の発明に触れるコーナーに。

彼の発明デッサンの図案コピーと、それを元に実際近代の科学者が作った模型とで構成された回廊を通ります。背後の大きなパネルは彼の美術作品の一部がイメージとして使われています。

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ひとつひとつゆっくり鑑賞と言いたいところだけど、なんともお腹が苦しくて、それはそれはキツかった。
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幾つも幾つも、アイデアが浮かんで次々に発明したものは現代の姿とあまり変わっていないのが本当にビックリ。
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反対側には人体の解剖図など。
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機密なデッサンはまるで写真のようです。優れた観察力とはこのこと。
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これは水中に杭を打ち込む機械。運河や回転式の橋など、水路に関する建設にも
多く関わっています。
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ヴェネツィアなどのような埋め立て地にする為に用いられていた機械ですね。
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有名なグライダー『Aliante』。今にも飛びそうな感じ。
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植物に関しても研究してます。
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個人的に印象に残ったのがこのスケッチ。学名
Ornithogalum divergens Boreau。
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実際の写真がコレですけど、割と簡単に見つかる野草で、薬学的な視点から研究していた模様。
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過去記事で登場した、イモラの地図。全てコピーでオリジナルではないんです。
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パトロンからの要望がほとんどとは言え、こんなに多岐にわたって興味を持ち、生涯研究に勤しんだダヴィンチは寝る時間なんてあったんですかね。


博物館の話、続きます。





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by Jonetsu-Italia | 2015-12-14 21:51 | まさに歴史 | Comments(0)

コロッセオの舞台装置

Wさん親子との話まだ続きます。ローマの滞在で、ひっさびさのコロッセオ見学。かれこれ15年ぶりかなぁ。

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同じ場所でも時が経つと、視点が変わるのが観光の醍醐味。

今回は上まで上がって、ゆっくり鑑賞。

近年発掘された、大理石で造られた騎馬像の一部。血管の様子など細部の描写も見事。
コロッセオのどこかのアーチに飾られていたはずだとか。因みに殆どの彫刻や装飾品は強奪されてローマの教会建設に使われてしまったとの事ですから、ひどいものです。

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そして、これが今回ツボにはまった舞台装置の再現図。猛獣が地下からせり出して来るのは有名ですけど、なんと木などの装飾類まであったとは⁉️
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大スペクタクルだったんですよね〜。それにしても残酷。

そんなコロッセオ、中世の時代には中に家具店、工房、エノテカなどの店が集まった、
*IKEAのよう(*2011年の一般紙の見出しに実際書かれてました)だったんだとかで、これまたびっくり。

そんなローマ、今日まだまだ遺跡が発掘されて、毎日のように新しい発見があるのも凄いと思いますよ。









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by Jonetsu-Italia | 2015-10-22 05:25 | まさに歴史 | Comments(0)

ヴェネツィア市民病院と葡萄

以前紹介したオステリアの帰り道、偶然見つけた『ヴェネツィア市民病院』。
ゴン太を散歩させてた広場の前でほんのり内部の照明が洩れていて偶然入ったらアンティークな佇まいにびっくり。美しい外装にも魅了されます。

実際には『Scuola grande di San Marco』が本当の名前。と、いうのもヴェネツィア共和国時代、ヴェネツィアでは教会などの近くに信者が機関を設けて慈善事業などを行う建物を建設。集まった寄付金などで今でいう商工会議所のようなものを運営し、
Scuola と呼んでました。Scuolaは一般的にはイタリア語で学校のことですけど、ヴェネツィアではこういった名前のついた建造物が多く残っています。

ここは1260年に建てられたそうで、1807年ナポレオンの統治下にあった時代に市民病院として稼働し始め、当時の面影をそのまま現在に至るというわけ。

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館内撮影禁止なので、いくつかオフィシャルサイトから写真を抜粋。
入って直ぐにこの雰囲気。ずっと奥に進むとそのまま病院の通路へと繋がってます。
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古い時代からの医学書などを集めた図書室。なんと金箔を施した天井。
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時代物の医学道具を集めた博物館も併設してます。
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図書館などは開館時間が決まってて、何時でも入れるわけではないんですが、病院
中をチラッと見学できます。(病院は病院なので、節度を守りながらですけど。。。)

中庭を散歩すると、なんと葡萄の木が、大きな木に絡まってる!!
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味見したらですね、甘かったんですよ、すんごくいいお味。
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ちょうど夕日が差して建物が最も美しく見える時間帯。
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ファザードの端にあるアーチに遠近法を使ってあるのが分かりますかね?

『Scuola grande di San Marco』
Ospedale SS. Giovanni e Paolo,
Castello 6777, Venezia
Tel +39 041 5294323

近くに寄ったら是非。中庭の葡萄のチェックも忘れずに。




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by Jonetsu-Italia | 2015-10-19 20:55 | まさに歴史 | Comments(0)

マレンマ地方で古代ローマに浸ってみる。

用事があって、トスカーナ地方のグロッセート近郊へ行ってきました。

シエナから南に下り、トスカーナの丘陵地帯を楽しみながら、海もちょこっと。という方にマレンマ地方はお勧めです。

個人的にはやっぱり海が好きなんで、潮の香りがしてくるとテンションが上がる、上がる。
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古代ローマ遺跡群跡があるとのことで『Area archelogica di Roselle』へ。

午前中だったせいか、人手も少なく(そもそも少ないのかも)、入り口でひとり4ユーロ払って、回収式の地図を片手に勝手に廻ります。犬同行でもOK。
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まずはエトルリア人が紀元前7世紀ごろに構築した城壁をくるりと散策。
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イタリアには古代ローマ時代の前に先住民のエトル二ア人が今のトスカーナ州、ウンブリア州等を中心に文明を築きその遺構が多く残ってます。彼らのレベルの高い技術力は後にローマ人が水道や道などを構築するにあたり参考にしていることからも垣間見ることができます。紀元前4世紀くらいからローマ人によって併合され、今日見られる、遺跡群になったわけ。

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このRoselleも紀元前3世紀頃落掌され、今の姿になった様子。

エトルリア人の城壁の後はいくつか古代ローマ人が建設した遺構を巡ってゆきます。地図で見ると全てが同時に建築されたようだけど、最大1000年くらいの隔たりがあるのには驚き。

古代ローマ時代のanfiteatro 円形闘技場、1世紀頃建設。
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ローマ人による典型的な壁の作り。耐震構造だそうです。
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フォロ(公共広場、テルメ跡、邸宅跡)も。

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白い彫刻群は最近作ったレプリカだけど、実際にあったものを再現。
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最終的に石畳の道に出るんですけど、なかなか情緒があるもの。だーれも居ないし、小鳥のさえずりだけを聞きながら古代の道を進むのはタイムスリップ気分。

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航空写真だと、よ〜く構造がわかります。
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そして回収式の地図を返却するのでした。



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by Jonetsu-Italia | 2015-05-29 20:54 | まさに歴史 | Comments(0)

いつ見てもラオコーン。


昨年12月のローマの話の続きです。

久しぶりに行った、ヴァチカン美術館。

いつ見ても惚れ惚れする大好きな彫刻の一つがピオ・クレメンティーノ美術館にある『Laocoonte (ラオコーン)』
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バランスがいいというか、全ての箇所に活力があって、目が釘付けになる作品だと思います。時間があったらずっと見ていたい、強いオーラを感じます。躍動感にあふれてまるでそこで動いているような。
 
このラオコーン像は1506年にローマ、トライアヌス浴場跡からOppio丘陵にほど近い葡萄園で発見されました。当時の地主、Felice De Fredisが散歩中に偶然突然空いた穴に落ち(後に地下室だと判明)壁に埋まって剥き出されていた白い大理石の彫刻群を見つけたそうです。この世紀の大発見は街中に知れ渡り、そのニュースは教皇ユリウス2世にも知らされました。建築家のジュリアーノ・ダ・サンガッロ、彫刻家のミケランジェロも呼び出され、検証が行われたそうです。ラオコーン像は最終的に運搬されバチカン宮殿に運ばれ、中庭に置かれていたとのこと。

彫刻はいくつかのパーツが欠落していて、その後何年もかかって、集められ、もしくは修復されて現在の姿になったそうです。

↓点線の白枠が見つかった場所。
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ラオコーン像はそもそも紀元前20から40年くらいの間に、Rodi島出身のAthanadoros,Hagesandros, Polydorosら3人の彫刻家達によって製作され、ローマ皇帝のTitus邸に置かれていたとか(プリニウス説)。しかし、全く同じDokimeion産の大理石から造られ、奇しくも『Gruppo di Scilla』を作成した同作家。そのことから、『Grotta di Tiberio』に一緒に置かれていたのではないかという説も。

↓『Gruppo di Scilla』

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↓『Grotta di Tiberio』
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↓中の想像図。
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いずれにしてもこの作品の発見で、多くの芸術家達に多大な影響を与えたのは事実で、Antoni da Sangallo, Maderno, Sodoma, Sansovino, Federico Zuccari, El Greco, Rubens、Bernini, Carlo Maratta, Winckelmann, Lessing, Hubert Robert、等。

私の好きなローマを代表する彫刻家Berniniは『自然界を完璧にイミテーションしているもっとも優れた作品だ』と絶賛し、Santa Maria del PopoloのDaniele della Cappella Chigiを制作しています。
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↓Rubensは、ラオコーンを題材にしたスケッチを数多く残してます。
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芸術が芸術を生むというのはまさに事のことなんだなぁってつくづく思います。


ラオコーン以外にも、『ヴェルヴェデーレのトルソ像』も多くの影響を与えたと言われています。
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円形の間にはギリシャの神々の像が飾られてます。床は一面のモザイク。
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ヘラクレスの巨大なこと。
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↓この部屋の名前は忘れてしまいましたが、動物を模った像が多く置いてありました。
残念なことに中には入れません。この鹿に乗った動物が何か正面から見たかったんですけどねぇ。
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↓この大理石の浴槽は間に板がハマるような構造だと思います。
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浴槽の下には可愛らしい小細工も。
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ラオコーンは本当に美しいと思うなぁ。




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by Jonetsu-Italia | 2015-02-01 10:25 | まさに歴史 | Comments(0)

ローマ人お薦めLe Domus Romane di Palazzo Valentini

2013年の年末、イスキア滞在中、ホテルのダイニングで毎日隣だったローマ出身のご夫婦に、ローマに来たら是非と勧められていた、歴史スポット。

今回のローマ滞在中是非行きたいと思っていて、予約しました。日本のガイドブックには載っていませんが、トリップアドバイザーサイトでは、ローマで良かった観光名所ベスト10でコロッセオを7位に抑えて堂々の3位。イタリア語、英語、もしくはフランス語から言語を選んで予約を取り、それぞれのガイドとともにグループに分かれて、館内へ入ります。

館内は撮影禁止なので、幾つかサイトより引用。
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『domus』とはラテン語で家、邸宅の意味です。1585年代に造られた建物、パラッツォ ヴァレンティー二の地下で発見された2〜4世紀の間に建てられた古代ローマ時代の貴族の邸宅跡で、ガラス張りの床などで構成された館内設備と3Dなどのマルチメディアを屈して、ガイドの案内で館内を廻ります。テルメ、台所、サロンなど約1700㎡の広大な敷地跡。それぞれの箇所で再現映像をもとに説明してくれるので、どーんと遺跡に行って、地図を照らし合わせながら説明書を読むのとは、だいぶ違って、とってもわかり易いんです。
後半では、トライアヌスのフォロに建つコロンナ(柱)について、ものすごく詳しくビデオを使って説明し、最後にサプライズでトライアヌスのフォロを覗きます。コロンナについては、今まで何となくさらっと流して観ていたんですけど、こうやって描かれているディテールを細かくじっくり学習すると歴史の断片が繋がって面白い。
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たっぷりと1時間半に渡るツアー、これを観た上で、古代ローマの他の見所を見学するとちがう着眼点で理解できると思います。非常にお勧め。ローマ人が勧めるだけのことありますね。
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ヴェネツィア広場の近く、Provincia di Roma の建物の中、中庭にDomusの入り口があります。
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トライアヌスのコロンナと夕陽。

予約は下記サイトから。
Palazzo Valentini
Via IV Novebbre 119/A, Roma



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by Jonetsu-Italia | 2015-01-02 00:39 | まさに歴史 | Comments(0)

山王のお猿さん『日枝神社』

今回の日本出張はイタリア人同僚一緒で、またもや日本初めてだったんで、観光の視点も意識しながら歩きました。でも、外国人と一緒だと、母国のこと、普段気づかないことに気づかせてもらえるから、結構楽しかったりするんですよ。(説明は大変ですけど)

東京で宿泊したのは、赤坂見附。イタリアから成田に到着し、ホテルにチェックインしてそのまま寝てしまっては時差ボケ対策にはならないんで、無理やりその辺を散策。

ちゅうことで、日枝神社へ。

竹の青色が綺麗です。
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絵馬についても説明しまたよ。
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6月に行われた『茅の輪くぐり』の後もまだ残ってました。
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神使は猿(申)だそうで、あちこちにお猿さんがいます。
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裏側にある、稲荷参道。穴場かも。
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彼女のコメント『このメガポリス東京の真ん中で、ちょっと裏に入ると、こうやって史跡があって時空が違う感じ。とても不思議、そこが東京ね』

そうだなぁって思います。

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by Jonetsu-Italia | 2014-07-20 23:42 | まさに歴史 | Comments(0)

紀元前187年完成エミリア街道

イタリアには旧街道が、いくつかあるんですけど、今日はボローニャを通ってるエミリア街道の話。
古代ローマ時代の執政官、マルコ・エミリオ・レピドによって紀元前187年に作られ彼の名をとってアエミエア街道Via Aemilia(下記地図の赤線)と呼ばれてました。
既に、当時紀元前220年にはFano-Limini-Roma を結ぶ軍用道路フラミ二ア街道Via Flaminia(下記地図の青線)の建設は終わっていて、パダーノ平野に領土を拡大したかったローマ軍がPiacenza とLimini約270kmを結んだのだけど、第二次ポエニ戦争でハニンバルが率いるカルタゴイタリアの侵入で( 218から203紀元前)で20年ほど建設が遅れたとか。
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現在エミリア街道はVia Emiliaとして幹線道路になってますが、ボローニャの中心街にも通ってます。
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先日弊社社長の友人O氏の来伊の際、ボローニャの街を散策中、ガイドさんが
おもむろにインテリアショップに入り、地下に降りてその古代ローマ時代のエミリア街道の遺構を見せてくれました。移したものではなく、オリジナルの場所のままです。
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こうやって、インテリアショップの店内に2000年前のものがドーンとあるってスゴイですよね。。
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↓これは時代は異なり、中世のころ、搭を建てるときの土台。
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店内から、現在のエミリア街道と以前の街道を同時に写したショット。我ながらベ
ストショット。
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こうやってボローニャの古代ローマ時代の旧街道は全て街の地下に埋もれてるんですよ。知らなかった。





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by Jonetsu-Italia | 2014-06-01 00:00 | まさに歴史 | Comments(0)