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サンタンジェロ城の屋上でティータイム

---先日のローマ旅行より---

もう一軒おすすめバールを紹介します。
ローマに住んでた頃、サンタンジェロ城が好きでちょくちょく行って発見したのが、一番上にあるバール。サンタンジェロ城自体入場券必須なので気軽には行けませんけど、眺望が素晴らしいのでついつい行きたくなるんです。

まずはミカエル大天使の真下の広場でグルリと周りのパノラマを楽しみ、更に上へと進むとバールに到着。

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大天使ミカエル、かっこいいいですね。オリジナルから数えて5代目で、1753年にピーター・アントン・フォン・ヴェルシャッフェルトが製作した青銅像です。


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城の正面に架かる橋。


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ヴァチカンのクーポラに夕日がさして後光のよう。

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ここがバールです。速攻で外席をゲットしましょう。夏は藤棚が日陰を作ってくれます。
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ヴァチカンとつながっている通路を上から見ることができます。この時期残念ながら通ることはできないけれど、年に何度か期間限定で入れるんですよ〜。

チーズケーキと紅茶を頼んでゆっくり眺めを満喫。ちょうど夕暮れタイムで美しい時間帯。

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城内にはドムスアウレアで見た、グロテスク装飾がここにも施されてました。

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そもそも、このサンタンジェロ城は、古代ローマ皇帝ハドリアヌスが紀元130年に建築家デメトリアンに自身とその家族の為に霊廟を建てるよう依頼し、紀元139年アントニヌスピウスによって完成したものがオリジナルで、これはその模型。先に建てられたアウグストスの要塞にインスパイアされたようです。

その後、要塞、教皇たちの住居、バチカン公文書館、財務管理所、法廷、刑務所などなどと歴史の変動に伴って様々な用途に移ってゆくのでした。

今度、ヴァチカンからの通路を通れるときに是非また訪問したい!



by Jonetsu-Italia | 2019-05-06 05:44 | まさに歴史 | Comments(0)

ドムス アウレアでパンテオンの原型を見る

---先日のローマ旅行より---

すっかり存在を忘れてたんですが、コロッセオの近くでそういえば、ドムス アウレアに行きたかったんだと思い出してローマ観光案内デスク、060608へ。この番号はオペレーターまでたどり着けば結構便利。営業時間などの最新情報や予約も直ぐに電話で確認できます。

ラッキーなことに翌日の予約は空いていて速攻で予約。念願のドムス アウレリアに入ることに。

「domus aurea 」はラテン語で黄金宮殿。ローマの大火の後、紀元68年古代ローマ第5代皇帝ネロによって建てられた、煌びやかな宮殿のことです。もちろんローマの再建を願うローマ市民からは大顰蹙をかうことに。しかし250へクタールのその広さにびっくり。

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入って直ぐにビデオでまず宮殿地図などの説明を受けます。青い部分は庭園内の人工池で、現在のコロッセオですから、いかに広かったか。。。緑の部分が全て敷地ですからね。今回は池の右上オッピオの丘にある白っぽい建物(住居部分だった箇所)へと入ることになります。

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ルートを戻りますが、ここが入り口。結構分かりにくい。予約ごとに時間が仕切られていてひとグループにまとまり、ガイドさんと一緒に入場。私たちはイタリア語コースを選択。(英語もあり)

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一応地図を見ながらどこへ向かうのかを説明してもらい、中央から右側へ進みます。

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3Dで当時の敷地地図映像を一通り見せてもらい、想像を膨らませます。この金のネロ巨像は過去記事でも触れましたけど、後にコロッセオの前に移されることに。

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ガイドさんが、この瓦礫の地層を指して「これが非常に重要なんです。」と、実はこの部分のドムスアウレアは後にトラヤヌス皇帝が
全て土で埋めてしまい、浴場を建設。その土がこうやって露出しているのを垣間見ることが出来ます。
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トラヤヌス浴場の地図を実際にドムスアウレアに重ねるとこういう感じ。ほとんどが埋められているというわけ。

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まもなく進むと、バーチャルリアリティーで当時の宮殿の様子を見ることが出来る部屋へ。各自椅子に座って設定されているゴーグルをつけるシステム。時代の進歩を感じるなぁ。20分ほどですけど、金や真珠で装飾された宮殿内部、及び庭園、周りに広がるブドウ畑、草原や森などを散歩するよるような感覚。なかなかの迫力で理解力アップ。ネロ自身がカンパーニャ州の海沿いの邸宅にインスパイアされた宮殿だとよく分かります。

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ところどころに素晴らしい壁装飾が残っており、1400年代後半には、有名画家のラファエロも内部に入りこの装飾を見て影響を受け、当時のバチカン宮殿回廊を施したとか。いわゆる現在のグロテスク(グロッタで発見された古代美術)装飾の起源です。
トラヤヌス皇帝が埋めた土のおかげで、ポンペイの火山灰のようにこれらの装飾が湿気から守られたというわけ。

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奥には八角形の部屋があり、天井からの穴はオクルスといってラテン語で目の意味で外光が差し込むの眼窓があるスタイルに。後にパンテオン再建にも用いられているとのこと。なるほど、ここに原型があったとは、びっくり。
ここはダイニングルームに繋がっていたようです。

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皇帝ネロの死後、火災にあってほとんどが失われ、また歴代の皇帝の手で破壊され、それぞれ別の建造物に姿を変えてゆきます。コロッセオなどはそのうちのひとつ。人工池の水を抜いて建設しました。我々が入ったこのトラヤヌス皇帝の浴場の下は第二次世界大戦後より徐々に掘り起こされて、1999年より一般公開するも大雨などの被害により2005年に再び閉鎖。近年になってようやく制限付きで公開されるようになりました。しかし、真上にある公園の木が成長しその重みと雨が降る度に水が中へ入り込むなどの問題があるため、現在では数々の改善策がとられています。

上の写真はその模型図。

約1時間30分の見学ツアー、構造がかなり複雑で何度も行かないと分かりにくいかも。何よりも遺跡に遺跡が何層にも重なっていて、まさに歴史のミルフィーユ。奥深すぎる。でもひとつ知ると更にその先を知りたくなるんですよ。また来よう!




by Jonetsu-Italia | 2019-05-02 07:33 | まさに歴史 | Comments(0)

カルボナ-ラはございません『Sola Lella dal 1940』

ダニの達ての希望で、ティベリーナ島のトラットリアを一晩予約。約2,3週間前でないと予約は取りずらい人気店。

Sola Lella は今は亡きイタリア人女優、Elena Fabriziのあだ名です。彼女は1915年にローマで生まれ、彼女のお兄さんAldoと共に映画の世界で活躍。彼女はマストロヤンニやトトとも共演もしてたんですよ。料理への情熱から1943年にカンポディフィオーリでトラットリアを開業、その後1959年にここ、ティベリーナ島に移し夫と息子と共にこの店を開けました。その後映画に専念するために、そのまま夫と息子に経営を任せたということ。

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前回は満席で今回こそはと早めに連絡したにもかかわらず、満席。それでも空席が出たら連絡してねとメッセ-ジを残したらわざわざ電話してくれて、19時30分に無事入店。それでもゴン太がいるのでエントランスに近いテーブルだったけど、Sola Lella の写真に囲まれてダニは大満足。特にワインラベルにもなった彼女の肖像画の真ん前だったから大はしゃぎ。

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私はまずアンティパストに「Coratella d'Abbacchio con Carciofi」Abbacchioとは子羊のことで、その臓物レバー、心臓、脾臓をカルチョーフィ(アーティーチョーク)と煮たもの。臓物好きな私にはたまらない一品。全く臭みもなくカルチョーフィのホクホクした食感とあいまってとっても美味。

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ダニは"Tipico romano"ローマ伝統料理コースをチョイス。まずは「Polpettine di "Nonna Lella"(Specialità dal 1940)」1940年当時、彼女が考案したオリジナルレシピ、ミ-トボールの煮込み。隠し味は、オレンジの皮、コリアンダー、イタリアンパセリ,ナツメグだそうです。

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私のプリモ。「Rigatoni con a Pajata di Vitellino da latte」。Pajataは仔牛の第二小腸を使ったローマの煮込み料理。更にこの仔牛はまだ乳のみの状態なので、小腸の中には発酵したミルクが詰まっているという何とも複雑怪奇な料理。それぞれのテイストが微妙に絡み合いたまらないお味。

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ダニのプリモ。「Gnocchi di Patate all'Amatriciana」ジャガイモのニョッキのアマトリチャーナ。こちらも彼女1948年のオリジナルレシピ。手作りニョッキがとっても柔らかくて、トマト、グアンチャーレとペコリーノロマーノチーズの黄金ローマソースととってもマッチ。
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ダニのセコンド、「Abbacchio di Acquapendente "Brodettato"」子羊のレモンと卵ソースの煮込み。この黄色はサフランかと思ったら卵だったんですよねぇ。でも全く生臭くレモンの爽やかな香りが子羊と良く合う一皿。
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ボローニャで修行したという、ホームメイドのジェラートにリキュールのStregaがかかってます。Stregaとは斬新なセンス。

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こちらダニのコースの締めくくり、ペコリーノリコッタを使ったタルト。ダニがお腹一杯で、私がフィニッシュ。
滑らかなリコッタチーズがたまらない、絶品でしたよ~。

食事中、店の電話がずっとかかっていて、「へ?カルボナ-ラ?カルボナ-ラはございません。それでもご満足できるピアットはお出し出来ますので」とまぁ、寛大な対応。

ローマ伝統料理をひととおり楽しんで、そこから更にもう一歩踏み込んだローマ料理を楽しみたい方にはぴったりなお店。

ダニは直ぐにでもまた行きたいらしい(笑)





by Jonetsu-Italia | 2019-04-14 07:30 | レストラン | Comments(0)

ジュリオチェーザレの命日。

ローマ人なら3月15日が何の日かほぼ知ってます。
紀元前44年、チェーザレが暗殺された日です。2000年以上も前の人物の命日を今でもみんなが忘れないということは、彼はローマ人にとって本当に偉大な存在だとよーく分かります。こちらでは『le Idi di marzo』と呼ばれるのが一般的。(当時のカレンダーで春が始まる日が3月15日でその日に歴史的イベントが起こったのでその名がついたらしい)

ジュリオ・チェーザレとはユリウス・カエサルのイタリア語読みで、イタリアではカエサル、シーザーの名前ではあんまり通じないことを知った時はびっくり。

2012年にスペインの歴史学者Antonio Monterroso氏、率いるCsisという考古学チームが初代ローマ皇帝アウグストゥスがチェーザレの暗殺後その場所に非難の意味で建てたとされる長さ3メートル、高さ2メートルの構造物を3Dレーザーで発掘。場所はPiazza Argentina にある考古学地区Largo di Torre Aargentina 元老院の議事堂内でした。そこで座っていたチェーザレが上院議員に囲まれて刺され、その傷は23箇所にも及んだそうです。
それまでまさかそこが暗殺された場所だったとは知られてなかったこともビックリ。

その様子を毎年その日に、その場所でローマ歴史クラブによって再現劇が催されるんです。常々ずっと観てみたいなと思ってて、今回日本出張の疲れが残りつつも、がんばって行こうと。それが今回の理由というわけ。

我々が到着したら既に劇は始まっており、大勢の観客が広場をグルリと囲んでて、やっと遠くから観れる場所を確保。
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見えますかね?円柱が並んでる場所に白い服を着た人達が居るのを。正確にはもう少し別の箇所なんですが、きっとステージとして演技しやすいんだと。
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ズームするとこんな感じ。
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兵士達が外でスタンバイ。
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亡くなったチェーザレを運んで行きます。(中は人形ですよ。)チェーザレ役の人は仕事終了(笑)
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この状態でVia delle Botteghe Oscure を進み。

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マスコミも観客も一緒に進みます。

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ヴェネツィア広場を横切り。Via dei Imperiali をフォロロマーノ方向へ進みます。時折泣き女役の人が『チェーザレーーーーー!』と泣き叫ぶので結構リアル。
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チェーザレの銅像の前を横切り横切り(そこはスルー)。未だに花を手向ける人も。
ちょっとジーンときます。
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その後はフォロロマーノへ入って行くのですが、そこからは有料なので我々はやめときました。最終的にはチェーザレが荼毘に付された場所で終了となります。

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カンピドーリオへ戻ってArco di Settimio から中を覗きました。このアングルなかなかいいんですよ〜。

快晴だったし念願のイベントを見れて満足〜〜。チェーザレはやっぱり偉大だとしみじみ思う1日でした。










by Jonetsu-Italia | 2019-04-07 07:49 | まさに歴史 | Comments(0)

Ottaviano周辺で美味しいカプチーノ。

今回のローマの宿は朝食抜き。ゴン太の散歩を兼ねてコラツィオーネへ。

ムッソリーニが国家ファシスト党を結党した100年前、1919年創業の老舗カフェが近くにあるんです。その名も『Scia Scia Caffe Roma』

いかにも出版社関係者が入りそうな神保町の喫茶店の雰囲気。

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ここはコーヒー豆も自社ブランドで販売していて、使ってるカップも100年前から変わらないそうです。そんなカップで飲むカプチーノはとってもクリーミー。

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店内は満員。年代物のポスターなど歴史の重みを感じます。
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学校机のようなテーブルも年季が入ってますね。

老舗は落ち着くわ〜。毎朝通っちゃいました。







by Jonetsu-Italia | 2019-04-04 07:36 | ザ 伝統 | Comments(0)

元教会で夕食を

テルメの後、やっぱりお昼を抜いてリンゴだけではお腹がすいてしょうがなく、19時30分とイタリアでは早めだけどBagno di Romagnaのチェントロで食べていくことに。

シーズンオフで閉まっている店が多い中、ここは開いてました。『La Cenacolo』

なんと朽ちた教会、Santa Lucia をオ-ナ-夫婦が買い取ってレストランに改造。教会の原型を保ちつつ上手に空間を利用しています。

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教会正面はそのまま残して。
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地下のクリプタをガラス越しに覗けます。盆栽がちょっと。。ミスマッチだとちょっと思ったり。

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見事なフレスコ画が残ってました。我々はその真ん前の席に通してもらったので、厳かなムード。

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猪のラグーでタリアテッレ。

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ダニはセコンドも。鹿のシチュー。

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両端に階段があり、上階へ行けるようになってます。

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元教会のレストラン、趣がありました。こうやって昔の建物を再生するのはとってもいいことだと思いますね。ピッツァもあるので全体的にお値段もお安くサクッと食事出来ますよ。


by Jonetsu-Italia | 2019-03-25 07:04 | レストラン | Comments(0)

宇宙から帰還したらテルメでリハビリ。

ドイツ出張はなんと、往復車で行くのでクッタクタ。ボローニャからニュルンベルグまで約片道8、9時間ですから。

そんな疲れた体を癒そうと、近くのテルメに行こうと探したのがここ、Bagno di romagna。CESENAから南に約50kmいったところにある古代ローマ時代から存在する歴史あるテルメ。
当時、ラヴェンナとローマをつなぐ街道の中間点でテルメがあることから丁度良い休憩地として使われてました。ラベンナは古代ローマ時代2番目に大きな帝国軍の艦隊があり、重要な商業港だったので軍隊が冬場の湯治に寄っていたらしいです。

もろもろ情報収集していたら『Grand Hotel Terme Roseo』
の温水温度が39度前後(実際のプールはもう少し低いかも)と高くて良さそうだったので、30分のマッサージ付、グロッタサウナ付きで1人€59の日帰りコースをチョイス。

重炭酸ナトリウムとカルシウムが豊富な水質で神経痛やリウマチなどに効能アリ。

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この季節は屋内プールのみ。小さめですけど予約を必ず入れるシステムで人数が制限されていて、芋洗い状態にならないのがなかなかgood。プールの中にはボタンを押す場所がたくさんあって、色々なジャグジーを楽しめます。健康ルールに従って、20分入っては必ず出てひと休み。写真にはありませんが、ジム機材も揃ってて合間にトレ-ニングも可能。

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なんと、リンゴは食べ放題!それもそのはず、お昼をはさんで滞在すると、昼食サービスがないので、やはりお腹がすく訳で。。ダニは3つくらい食べてたかな。

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宇宙ステーションで任務を終えた宇宙飛行士が地球に戻った後、リハビリのためにこのホテルのテルメに滞在したそうです。
びっくりですねぇ。古代ローマから宇宙までなんと幅広い!

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展示会後のリハビリよかったです。なんだかんだ7時間ぐらい居ましたけど、あっという間でした。



by Jonetsu-Italia | 2019-03-23 07:14 | イタリアの小さな街 | Comments(0)

ボローニャ老舗ドロゲリア『Drogheria della Pioggia』

Drogheria とはイタリア語で日用雑貨店のこと。最近日本でも聞くようになったようですね。スパイス、塩、瓶詰め物、調味料、お菓子類、食料品もろもろとその他洗剤などを扱うグロッサリーで要は現在のコンビ二みたいなものですかね。

そんな古きよき時代の店『Drogheria della Piogia』を偶然ボローニャ散歩中に発見!
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手作りのキーホルダーは革製のボローニャご当地パスタ、トルテッリーニ。かなりキュート。

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ワクワクする様なショーウインドーでとっても気になるのです。
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色んなものがあるわけですけど。
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ムムムと気になるものが。
『Pelle Scamosciate 』スエード革のことで、洗車した後これで車を拭いたり、水まわりの拭き掃除とかするらしい。1枚売りの様です。値段はピンキリですから質で決めてるんでしょうね。

こういう姿は小さな商店ならでは。

1967年創業の老舗、近くを通ったら是非覗いてみて下さいませ。



by Jonetsu-Italia | 2019-02-06 07:30 | ザ 伝統 | Comments(0)

知られざる古代ローマ皇帝たちの巨像

『Colossale del genio di augustro』 colosso とはイタリア語で巨像のこと。訳すると、『ジー二アス、アウグストゥスの巨像』となります。トラヤヌス市場の5階展示室に、興味深い資料を見つけました。

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左の欠片は人差し指、右は手首の一部ですから、その大きさを計り知れます。(写真で見ると小さいんですけど)。

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なんと高さ11m(鎌倉大仏と同じ高さ!!)にも及ぶアウグストゥスの巨像が彼のフォーラムにあったそうです。紀元2年建設でその姿はまさに観音像の如く。
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↑想像図(http://www.mercatiditraiano.itより拝借)

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周りの壁には美しい装飾がなされており、その残片が展示してありました。
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こちらは巨像といえば有名な、ギリシャ、ロドス島にあったとされるロドス島の巨像。紀元前305年に造られ、世界七不思議のひとつとされています。高さ33メートル。(wkipedia より拝借)

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こちらは古代ローマ、ネーロ皇帝の巨像。高さはニューヨ-クの自由の女神像とほぼ同じで33.5メートルですから、かなり大きかったんですよね。なんとコロッセオの真ん前に建っていたとか(紀元127年頃ハドリアヌス皇帝がコロッセオまで移動したようです)、強烈な印象。紀元64~68年に建設。
ロドス島よりもちょっぴり高くしたのは意地ですかね。

(画像はwkipedia より拝借)

なんとなく自由の女神の前身を見た気がします。







by Jonetsu-Italia | 2019-02-03 18:51 | まさに歴史 | Comments(0)

トラヤヌス市場から夕日を眺めること。

12月の誕生日にローマに行った時の話がまだありまして。。。

昔ちょこっと住んでいたときも何度となくその前を通ったにも関わらず、一度も入ったことのない場所、トラヤヌスの市場に入りたかったんですよ。
トラヤヌスが皇帝だった時期、歴史上初めての屋根つき商業複合施設として、紀元100から110年の間に建てられました。館内には150もの商店が引き締めあっていたとか。言わば、古代大型ショッピングモールですかね。
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ピアッツィアヴェネツィアからフォロロマーノやコロッセロへ向かうVia dei Fori Imeriali にあります。

その近辺にはトラヤヌスのコロンナ、古代ローマ代々の皇帝たちのフォロ(フォーラム)跡があり、観るべき遺跡群はこれまた多いわけで、本当は丁寧にひとつずつ見学したいのですが、時間に余裕がないので、今回はパス。本来ならトラヤヌスのフォロくらいはしっかり見学したほうが、市場との位置関係を知るにはベターだったかも。

それにしても肝心の市場の入り口が非常に分かりずらい。市場を真正面に見て左側奥、Via Quattro Novembre から入ります。
実際には2007年にきちんと館内が設備され博物館になってました。

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全体で6階建ての構造で、入り口は既に4階、フォロのある1階まで降りてゆくコースになっています。建築学上でも興味がある遺構ですね。

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Grande aulaと呼ばれる、入り口の大きなホール。左右いくつか部屋が分かれていて、現在は皇帝たちのフォロから出土したものを皇帝ごとに分けて展示されています。この各部屋は同時は売店で小麦など、穀物を市民に無料で配布したりしていたとか。

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奥の部屋にはワインやオリ-ブオイルを入れては移動に用いた土器、アンフォラが並んでおり、市場でも容器として活躍したようです。アンフォラに特化して研究した人物は稀で、ドイツ人Heinrich Dressel氏が1900年始め、その出所や得意の碑文学からアンフォラに刻印された記号を読み込んで研究を重ねました。アンフォラは各遺跡から出土するキ-になるアイテムで何処から運ばれたか、原産地などの足跡を知る大きな手がかりとなるので、大変重要なのです。

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そのままGrande aulaの上、5階に上がると、パノラマを眺めるテラスに出れるようになっています。そこからの眺めが非常に素晴らしい。
ちょうど夕暮れ時でうっとり。初めてイタリアに来たときのこと、生活を始めたことなどもろもろフラッシュバックしましたよ〜。

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こちらは館内にあったコロッセオの完全復元模型。この市場の建設より約20年前にコロッセオは既に建設されてたので、ここからも眺められたんでしょうね。

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すっかり陽も落ちて遠くにクリスマスツリーのイルミネーション。

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3階Via Biberaticaにはアッピア街道と同様に石畳がそのまま残っています。
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もう一度5階へ戻って、Via Biberaticaを上から見てみます。

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パネルなどで古い写真など解説アリ。なんと、1200年代にはもともとのフォロの上にアパ-トなどが建てられてたらしく、
後にそれは取り去られました。

トラヤヌス市場の話はまだ続きます。



by Jonetsu-Italia | 2019-01-28 06:22 | まさに歴史 | Comments(0)